2009年01月06日

ペキンの鼻の食人事件

   武田泰淳の小説『ひかりごけ』は、実際に起こった食人事件を題材にした小説で、極寒のペキンの鼻が舞台になっている。
  真冬の知床岬に食料もない極限状態に置かれた船長が、仲間の船員の遺体を食べて生き延びたという事件である。
  太平洋戦争中の1943年12月、日本陸軍の徴用船が船体の修理のため小樽市へ向かう途中、知床岬沖でシケに遇い遭難した。
船員たちは船から避難し、ここペキンノ鼻に降り立ったが、そこは真冬の極寒のうえ、雪と氷と吹雪に覆われた地域だった。
船長は他の船員たちとはぐれてしまったものの、一軒の小屋(番屋)にたどり着く。やがて船員のうち最年少の少年(19)一人もその番屋に吹雪の中たどり着いた。二人はしばらくそこで過ごしたが、やがて体力も消耗し食料もなく少年は死亡した。船長は彼の遺体を口にする。
実地検証の結果、箱詰めした死体も見つかり、船長は殺人は否認したが、食人を自白した。極度の心神耗弱が認められ、懲役1年の判決が下りた。その後も彼は苦しみながら一生を終えたと云う悲しい実話である。
   一般には「唯一裁判で裁かれた食人事件」と言われるが、日本の刑法には食人に関する規定が無いため、死体損壊事件として処理された実話である。
『ひかりごけ』は1992年に三國連太郎主演、熊井啓監督により松竹が映画化している。
0000004617_0000007158_000000045119羅臼のひかりごけ.jpg 【ひかりごけの洞窟】(クリックで拡大)
 小説の題名になっている「ひかりごけ」は食人をも連想する薄気味悪い光りだが、この地域では何か所かで観られる現象で、羅臼に近いこの洞窟はとくに有名である。
ここマッカウス洞窟は先住民族の住んだ洞窟で、珍しいヒカリゴケが自生している。崖下にある巨大な海食洞窟の中にはビロードのようにコケが壁面を覆い、部分的にエメラルドグリーンに蛍光するコケが見える。輝いて見えるのは原糸体のレンズ状細胞に入った光が、その奥の葉緑体に屈折反射しているためで、観察する角度によって光り具合が変わる。
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【1月6日(火)のウォーキング実績】
        
 @ 今日の歩数(距離):16964歩 (≒13.6km)
 A 1月の総距離: 66km(1日平均=11.0km/ 日)
 B 1月の今日までの順位: 65番目*
  (*印は「仮想・日本一周歩こうかい」の仲間内での順位)
  C 現在は九州を一周後、北海道釧路支庁【根室→厚岸】間
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posted by すこやか太郎 at 17:42| 福岡 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 【日本一周の通過点】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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